昔の香港を知るキーワード

【人々】

兵頭(香港総督)

兵頭(香港総督)
英国統治地代、地元の人は香港総督を兵頭と呼んでいました。英国統治地代初期に総督が英国の香港駐留部隊の総司令官を兼ねていたことに由来していて、兵頭は文字通り軍のトップを指します。セントラル(中環)にある香港動物園と植物園は、香港総督の官邸だった総督府(現在の香港礼賓府)に面していることから「兵頭ガーデン」の名で親しまれています。

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蘇蝦(新生児)

蘇蝦(新生児)
この言葉は、もとは「臊孲」と書かれていたもので、古代中国の韻律辞書によると、最初の「臊」は子どもの匂いを、「孲」は新生児を表しています。口語では2文字目の「孲」がエビと同じ発音になるため、エビのように丸くなっている赤ちゃんのことだとよく勘違いされていました。その結果、現在のように書き表されるようになったのです。

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空心老倌(裕福であるように装う詐欺師)

空心老倌(裕福であるように装う詐欺師)
これは能力のない嘘つきを表す言葉です。「空心」は裕福であることを装う詐欺を指し、「老倌」は詐欺師を指します。

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事頭婆(女性の上司)

事頭婆(女性の上司)
男性の上司は、事業を率いることから「事頭(シタウ)」と呼ばれます。「事頭婆(シタウポ)」は、女性の上司、男性の上司の夫人、最終的な決定権をもつ女性を指しています。

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壽星公(お誕生日を迎えた人)

壽星公(お誕生日を迎えた人)
「壽星公」は長命を司る神(日本でいう寿老人)で、昔の中国では長生きから転じてお年寄りを指す言葉として使われていました。のちに「壽星」はお誕生日を迎えた人の意味で使われるようになり、「壽星生」はお誕生日の男子、「壽星女」はお誕生日の女子と使い分けられています。

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包租婆(家主のおばあさん)

包租婆(家主のおばあさん)
1966年当時、アパートがどこもいっぱいで、いたるところに人がひしめいていた頃に、よく聞かれました。この言葉は、賃料収入のために、家や部屋を貸している人を指します。

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西裝友(スーツ姿の男性)

西裝友(スーツ姿の男性)
この言葉は、文字通りに訳せば「スーツ姿の男性」という意味になります。1920年代の香港では、渡航してきた欧州人や、英語学校の教師、公的機関のトッ プだけがスーツを着用していました。スーツは数百香港ドルにも上り、労働者の賃金の数カ月分に当たりました。それでも「身なりは人を作るもの」という信念 に基づき、多くの人が無理をしてでもスーツを買い求めていました。

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【食の情景】

白粥(バクズク、白がゆ)と油炸鬼(ヨウザーガイ、中華風ドーナツ)

白粥(バクズク、白がゆ)と油炸鬼(ヨウザーガイ、中華風ドーナツ)
白がゆと中華風ドーナツは、広東料理の伝統的な朝食には欠かせない一品です。レストランに行くと、スタッフが中国語で白がゆのことを「美少女」と呼んでいたりもします。白がゆは、ジャスミンの香りつきのお米を数時間じっくりと煮込んでから、シルクのような、なめらかな舌触りと香りづけのために、湯葉や銀杏を加えるのがポピュラーな調理法となっています。まっすぐな形で揚げた油炸鬼ドーナツは、外側はパリっと、内側はもっちりとした食感に仕上がっています。中国のさまざまな地域で、いろいろな名前で呼ばれている料理です。

油炸鬼ドーナツの由来には、こんな逸話が伝えられています。南宋の時代、極悪宰相だった秦檜が、忠実な将軍の岳飛を謀殺しました。首都の臨安で、小麦粉で焼き上げたケーキを屋台で売っていた市民が、これを見て怒りに燃えるあまり、悪宰相とその夫人に見立てて人型の生地を2つ作りました。この2つの生地を油で揚げ、「さあ、みな集まってくれ、あの秦檜を油で揚げてやったぞ!」と叫んでまわったところ、大勢の市民たちが集まり、我先にと買い求めていきました。この商品はたちまち臨安の名物となり、のちに現在のような2つのシンプルな棒状のドーナツを合わせて揚げた形になったということです。

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砵仔糕(陶器入りプディングケーキ)

砵仔糕(陶器入りプディングケーキ)
プディングケーキは、広東や香港で人気の伝統的なおやつです。プディングは、陶器の器に入れて、竹ようじを2本添えて出されます。通常は、米粉とブラウン シュガーを使いますが、白砂糖を代わりに使うこともあります。プディングには小豆も入れます。蒸したてであつあつのプディングケーキは、柔らかな食感と甘 い香りが魅力です。

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叮叮糖(ハードタイプの麦芽糖キャンディ)

叮叮糖(ハードタイプの麦芽糖キャンディ)
本来は 「啄啄糖(デクデクトン)」と書かれるキャンディで、「啄」とは工具の「のみ」を表しています。香港に古くから伝わり、街で売られるときは、平たいのみで大きな飴を小さなかけらに割ってくれます。中国語の「啄啄糖」は、のみでキャンディを割ることからつけられた名前です。

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飛機欖(リコリスオリーブ)

飛機欖(リコリスオリーブ)
飛機欖(文字通りの意味では「飛行機オリーブ」)は、広州に起源をもつリコリスオリーブのことで、のちに香港に伝えられました。酸味と甘味を持つオリーブは、塩味のマリネにすることで長期保存が可能になります。 1950年代から1970年代には、オリーブの形の容器を手にした商人たちが、大きな声でオリーブを売りながら歩いていました。当時の多くの建物は数階建てまでの高さだったため、商人たちは、アパートのバルコニーにいる人に向かって売り物のオリーブを投げ入れ、受け取った人が代金をバルコニーから投げ下ろして渡していました。こうしてオリーブがバルコニーと通りを飛びかう様子にちなみ、「飛行機オリーブ」という名前で親しまれるようになりました。

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細蓉(ワンタン(雲呑)麺)

細蓉(ワンタン(雲呑)麺)
広東語圏の麺業界で、ワンタン麺は「蓉(ヨウ)」と呼ばれていて、さらに大中小のサイズに分けられています。細蓉は、スモールサイズのワンタンが入った麺で、通常では、1兩(約37グラム)の麺に4つのワンタンが添えられています。香港でも特に人気と歴史のある麺料理が食べられる店といえば、セントラル(中環)にあるマックスヌードル(雲呑麵世家)とウォンチーケイ(黃枝記)や、コーズウェイベイのホーフンケ(何洪記)が有名です。

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飛沙走奶 (ブラックコーヒー)

飛沙走奶 (ブラックコーヒー)
「沙」の文字は「砂糖」を、「奶」はミルクや無糖練乳を表します。「飛沙走奶」は、砂糖やミルクを加えない熱いブラックコーヒーです。冷たいブラックコーヒーは 「飛沙走奶添石」で、「添石(ティムセック)」は、「氷を入れた」という意味です。

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【さまざまな仕事】

睇相佬 (易者、占い師)

睇相佬 (易者、占い師)
1950 年代から 60 年代にかけて、「睇相佬」の愛称で呼ばれた多くの易者たちが、テンプルストリートやダイタッデイなどのナイトマーケットで占いをしていました。道行く人に手を振って足を止めては、顔相や手相をケロシン灯の下で占っていました。

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擦鞋小鬼隊 (靴磨きの小ギャング)

擦鞋小鬼隊 (靴磨きの小ギャング)
昔の香港の通りには大勢の靴磨きが集まり、道行く人に靴を磨かせるよう迫っていました。ある時、米軍兵士が拒むと、靴磨きが漂白剤をブーツに掛け、小道を逃げて行ってしまいました。駐屯地に戻った時に真っ白になったブーツのことで叱責されないよう、兵士は靴磨きを受けなければならない状況に追い込まれたということです。今でもセントラル(中環)のシアターレーンに靴磨きがいます。

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打小人(小人打ち)

打小人(小人打ち)
陰暦の春節(通常3月初旬)は、コーズウェイのカナルロードの跨道橋の下に高齢の婦人たちが多く集まり、伝統的な儀式「打小人」を行っています。集まった人たちは、この儀式で日頃の鬱憤を晴らしたり、幸運を祈ったりします。小さなイスに腰掛けた高齢の婦人が、お香を焚いて、紙で虎の形を切り抜き、祝詞を唱えながら「小人」をスリッパや沓でたたいて、訪れた人の厄払いをしてくれます。

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【俗語】

擔櫈仔,排頭位 (ベンチに掛けて列の最初に)

擔櫈仔,排頭位 (ベンチに掛けて列の最初に)
この語句は、1950年代と60年代の香港でよく使われていた言葉で、漫画の貸本屋台の縁台に由来します。こうした縁台は、1950年代には街中の至るところにありました。子どもたちにとって数少ない楽しみのひとつだった漫画は大変な人気で、屋台のそばに並べられた縁台に座って漫画を読む光景がよく見られました。ここで、より座りやすい席は料金が高めに設定されていたのです。当時、わずか10セントで漫画本を4冊借りることができました。借りた漫画を一緒に読みながら、多くの子どもたちが、午後のひとときを楽しんでいました。

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金叵羅 (黄金の盃/大切な子ども)

金叵羅 (黄金の盃/大切な子ども)
この言葉は、唐代の大詩人李白の詩にある「葡萄の酒は黄金の盃に」 という語句に由来しています。北朝の史書の中でも使われており、北斉王朝の神武皇帝(高歡)が臣下を宴に招いた際に、黄金の盃が盗まれたことが書かれています。皇帝は、葡萄酒を口にした者すべてに冠を脱ぐように命じました。結果、この盃は、祖珽という大臣が隠し持っていたことがわかりました。この逸話は、金叵羅という黄金の盃が素晴らしく、盗んでしまいたいという気持ちをかきたてるほどのものだったということを伝えています。今日では、この言葉は、家族の中で大事に育てられる子どもを表すために使われています。

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俾貼士(チップの支払い)

俾貼士(チップの支払い)
広東語で「貼士」はチップを指す言葉です。チップを渡す慣習は、18世紀のイギリスのロンドンに始まります。会食の席には「迅速なサービスを確実に(to insure prompt service)」と書かれた小さなボウルが置かれていて、ここに小銭を入れると、より早くより良いサービスを受けることができました。英語の「tips(チップ)」は、このメッセージの頭文字を取ったものです。のちに、チップを渡す慣行はサービス料金の体系の一部として組み込まれました。

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朱義盛 (模造品)

朱義盛 (模造品)
朱義盛は長い歴史を持つ地元の商店の名前で、金や銀の安価な模造アクセサリーや、中国スタイルのウェディングアクセサリーを主に取り扱っていました。1926年に油麻地のリクラメ―ションストリートで創業したこの商店は、金メッキのアクセサリーのほか、ヘアスタイリング用の整髪料などでも知られています。訪れる客に、店ではアクセサリーは模造品だと正直に伝えることから、「朱義盛」は模造品の代名詞となっています。

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大笪地 (ナイトマーケット)

大笪地 (ナイトマーケット)
大笪地とは屋外の公共広場を表す言葉ですが、ここではナイトマーケットが開かれる場所を指します。香港で最初のナイトマーケットは、現在のハリウッドロードパークがある場所で開かれていましたが、のちにシェンワン(上環)で開かれるようになったマーケットが、最も有名になりました。今日のテンプルストリートのナイトマーケットのように、朝方には静かなたたずまいを見せていますが、夜になると大勢の人々で賑わいます。武道や曲芸などのストリートパフォーマンスに、食事を売る屋台や露店が溢れて大人気のナイトマーケットは、「市民のナイトクラブ」 として親しまれています。

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食夜粥(武道家)

食夜粥(武道家)
広東語圏では、武道を習う道場の練習生は、夕食の後もさらに練習を続けることになっていました。このため道場の夫人が、おかゆや点心を簡単な夜食として作って出していました。食夜粥は(文字通りの意味は、遅くに食べるおかゆ)、武道を習う人を指す言葉として使われていました。

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金漆招牌(金字の看板)

金漆招牌(金字の看板)
1920年代より前、香港の商店の看板は黒い板に金の文字で店主の名前やブランド名を書くことが一般的でした。看板は信用のシンボルで、店側では「ご満足いただけない場合は、次回来店の際に看板を壊してかまいません」という台詞で信用を強調していました。香港の看板文化は徐々に変化し、ドアの上に飾る簡素な木の板から、今では通りの真上に張り出す鮮やかな色の看板が主流になりました。

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朝行晚拆 (簡易ベッドの旅暮らし)

朝行晚拆 (簡易ベッドの旅暮らし)
この言葉は、英国軍向けに製造され、のちに上海の人民解放軍にも採用された持ち運びできるキャンプ用ベッドを指します。香港に上陸した戦争難民は、このベッドを使っていました。香港の遠い親戚の家に泊めてもらった際、夜になると居間でベッドを組み立てて、朝は早く起きてベッドをたたみ、邪魔にならないように心掛けました。今日では、朝に組み立て、夕どきになるとたたむブリキの露店を指すようにもなっています。

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