歴史をたどる

セントラル(中環)地区

ザ・ポッティンガー香港(The Pottinger Hong Kong)は、香港のセントラル(中環)地区にあります。今日ではセントラル(中環)として知られるこのエリアは、1840年代までは小道があるだけの砂浜にすぎませんでした。イギリスが拠点をスタンレーから移転する際に相応しい場所としたのが、このセントラル(中環)地区でした。商業と行政の新たな中心地として、多くの中国人が仕事、貿易、富を得る機会を求めて移り住みました。山と海に囲まれた小さな土地は次第に人口密度を高め、1850年代には人口25,000人を超えました。

海浜地区にホンと呼ばれる貿易倉庫が建ち並んだセントラル(中環)地区は、貿易の中継拠点として急激な発展を遂げ、ついには珠江地域で最も重要な貿易港だった広東港をも追い抜きました。イギリス統治下の香港は、めざましい成長を実現し、セントラル(中環)地区はその中心となりました。土地の広さが限られていたため、香港では土地の拡張が繰り返されています。セントラル(中環)地区にあるクイーンズロードがもとの海岸線で、ザ・ポッティンガー香港は、150年前に浜辺があった場所からすぐの場所にあります。


ポッティンガーストリート

ポッティンガーストリートは、その歴史を1850年代にまでさかのぼる、セントラル(中環)地区で最も古い歴史ある通りのひとつで、現在では第一級史跡街に指定されています。名前は、香港の初代総督サー・ヘンリー・エルドレッド・カーウェン・ポッティンガーに由来します。もとはクイーンズロードが海岸線沿いに走っていたため、クイーンズロードから始まるポッティンガーストリートは、いくつもの急斜面を経てハリウッドロードへと上っていきます。後代の拡張事業によって、ポッティンガーストリートは、セントラル(中環)地区の平坦な区域、コンノートロードに沿って北部にも拡張されました。



ポッティンガーストリートのうち、古くからある急斜面の通りには花崗岩の階段が続き、歩行者と籠だけが通れるようになっています。「石板街」という中国語の呼び名は、ここから来ています。独特で趣のある石段は、香港映画やテレビでも有名なロケ地となっています。

第二次世界大戦中には、空襲を避ける防空壕としてポッティンガーストリートの地下に75mのトンネルが掘られました。これは実際に利用されることはなく、崩落の危険から1980年代に埋め立てられました。

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